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相対的危惧 / 前編

 豪門寺はあてなく風俗街を歩いていた。真昼間から性欲を持て余したオトコ共が無言で徘徊し、同じ目的ですれ違っていく。手に下げた紙袋を持ち替え、豪門寺はサングラスを掛けた。ネオンこそは灯っていないが、仕事明けに風呂感覚や憂さ晴らしに立ち寄る男の、正に歓楽街である。ドコを見ようが誰を見ようが、サングラスは都合のいいアイテムであった。

 

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 ぶらぶらと界隈を歩く男たちが店に吸い込まれ、そして店からコト終えて這い出て来る。皆他人には無関心である。珍しくも無いそんな情景の中、店を後にしたスーツ姿の男が、不意に足を止めた。メガネを押し上げ無遠慮な視線を一点に留め、肩越しに向きを変えた。

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 ツカツカと敏捷な足取りで‥靴音を忍ばせ、足早に豪門寺へ向かう。「豪門寺先生でしたか?いや~まさか、こんなトコで会うとは‥三角です。どうもご無沙汰してます」ギョッとして、豪門寺はサングラスを上げて相手を確認した。そして、肩をすくめた。「妙なトコで会うね?なつかしいな、何年振りかな?」

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「辞めて3年の、5年ですかね?」菊地要と同期の三角司は、今も非常勤で転々と産婦人科医として勤務している。豪門寺は咳払いをし、連なる風俗店を顎でしゃくった。「行ったら?」三角は口端を歪め、「いえ、もう済ませた帰りなんで」上目遣いに、「豪門寺先生こそ、すいませんね、足止めさせちゃって」紙切れを差し出し、「割引券、良かったらどうぞ」無表情を装い手で阻止し、豪門寺は腕時計に目を落とした。

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居候以上 同棲未満  (後編)

 昼近くまで豪門寺は二度寝している。菊地はコソッと近づき「‥朝ですよ、まだお目覚めではナイですかぁ?」耳元に唇を押し当て「紅茶はミルクでしたよね?」と声掛けた。もぞもぞと寝返る豪門寺の上掛けから微かなフェロモンが匂い立ち、菊地を昂揚させる。「起きないと、キスしちゃいますよ?」菊地のその囁きに豪門寺は眼を見開いた。「お、はよ‥今何時?」鈍い動作で起き出す豪門寺の半裸に陽が落ちる。菊地は目を逸らした。「ちょっと寝過ぎた‥かな」軽く伸びをする。

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「万年睡眠不足は職業病みたいなものですから、寝れるときに寝ておかない、と」豪門寺の半裸を眼鏡の淵からチラ見しつつ、菊地は今日の天気や、「ごはん派なのは知ってますけど、トーストしか用意出来ませんが‥」と、沈黙を恐れ一方的に喋っている。その横でガウンを羽織り、かったるげに腕を通す豪門寺。家でごはんを炊くことはなく、米自体無いはずである。「キミ 何時から起きてるの?」と、ベッドメイクをする菊地を目に留め、「シャワー浴びて来るかな‥」と、身を翻す。

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居候以上 同棲未満  (前編)

 当面の豪門寺の公休日は、毎水曜日と土日祭日であった。スケジュールは常に隙間なく書き込まれ、ここ数か月は、アラー・イドラと高杉亮で埋められていた。就業時間を過ぎて、メールではなく高杉亮からの電話である。「元気?‥君の方が先だったね?」HIV陽性判定を巡って高杉と口論したまま、数日が経過していた。

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 本来なら、あの改竄の事実を一番先に報告すべき相手であったが、豪門寺はコロッと忘れていた。「今日? ん、明日は確かに休みだけど‥今日は、先約があって 明日は?ああ、そうか‥」と、高杉の都合に目を伏せ、咄嗟についた嘘に口を歪めた。「会って話したい事もあるし、土曜は?」中々予定が合わず、互いにせつなさが募っていく。「そうだね、じゃ週末もし会えたら、ん? そうだね、また連絡するよ」気落ちした高杉の声に胸がつまり、そのやり切れなさにため息が洩れる。「ぁ、高杉‥?」豪門寺は眼を閉じ、「‥愛してるよ」と低く囁いた。

 

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 電話を切り、咳払いの背後へ豪門寺は半身を捻る。巽恭一郎が腕組みしたまま薄笑いを浮かべている。にじり寄って来る巽に、豪門寺は舌打ちし身構えた。「菊地君の様子を聞かせて貰えないか?」「見た限り、大丈夫だと思いますよ?」巽が渋い顔で眼鏡を押し上げる。「‥見た限り、ね」何か言いたげに唇が歪んでいく。

 

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因果律

 夢うつつに豪門寺の寝顔を見つめる菊地の脳裏に、苦渋の因果律と言う現状が去来している。原因、要因が無ければ何も生じない、と言う意味の法則だが、其れこそは小石を投げた時の湖の波紋でも明らかである。そして、姑息な手段で作った原因には、弁解の余地もない。菊地の背に戦慄が走る。『ボクのしたことがバレたら、きっと軽蔑するだろうな』軽蔑より恐ろしいコト、それは拒絶と菊地要と言う存在の全否定であろう。失恋などと言う生易しいモノではなく、身の破滅である。静かな寝息を聞き、豪門寺の髪や肌の匂いに満ちたシーツ、身体の半身に感じる豪門寺の体温。一睡も出来ぬ朝であった。

 

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 菊地は、薄目でベットを抜け出す豪門寺を捉えた。緊張感から身動き出来ず、寝たふりを続ける。

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週明け騒動 ~後編

 就業時間まで患者を捌き、時計を見つつ豪門寺は大急ぎで身支度を整えた。手には菊地の私物を抱え、巽の待つ個室をノックする。

 

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「‥菊地くんは?」豪門寺は巽ににじり寄った。「君、倒れたって?」「睡眠不足もあって、ちょっと立ちくらみを起こしただけです。それより、菊地くんの様子はどうなんですか?」巽はため息交じりに眼鏡を押し上げ、車に残した菊地の様子を語った。「丸一日飲まず食わずだったからね、とりあえずコンビニ弁当食わせて、今は 落ち着いていると思う」そして、言葉を切ると、声のトーンを落とした。「彼は、君に来て欲しかったようだよ?手が付けられないほどパニクって、処置も出来なかったからね」豪門寺は言葉尻を鸚鵡返す。「処置?怪我でもしているんですか?」「ん‥」歯切れ悪く、声をひそめ、言葉を選びつつ、巽は状況を豪門寺に耳打ちした。

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 豪門寺は神妙な顔で聴き入っている。その頬は次第に強張り、眉間に縦皺が刻まれた。「触診した訳じゃないし、憶測で状況を話す気はないが‥」とは言え、巽は「鼻を衝く腐敗した精液臭」だの、「直腸からの、量にして30cc‥。それはもぅ、腹圧掛かっただけで、ボタボタとめどなく‥流れ出て」と、きわどく説明を入れている。そして、その状況報告から一転、解決の糸口になるであろう提案へ巽が言及する。「出来れば‥菊地君には、当分、監視が必要だろう」豪門寺は1歩後退り、巽を見つめた。「それは、どう言う‥意味で?」巽は、豪門寺の目から視線を落とし僅かに言い澱んだ。「自殺、て事も考えられるからね」豪門寺は絶句した。「精神科に入院、と言う手もあるが」頭を振り、悲痛な顔で異議を唱える。「それは、彼の経歴にキズがつく!」

 豪門寺は訊ねた。「菊地君は解雇ですか?」「いや、君が暫く様子を見てくれると言うのなら」巽は腕組みし、その指先で眼鏡を押し上げた。「此方は、休職扱いにでもしておこう、そうだな‥60日てトコだろう」豪門寺はあれこれ考えを巡らせ、巽のそれを承諾した。


 一方、渦中の菊地要は、毛布に包まったまま難しい表情を浮かべていた。人気のない立体駐車場にぽつんと置き去られ、眼下の景色を飽くことなく眺めていた。

 

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 時折、轟々と強く吹きつける風と雲が散り散りに流されるサマに目を奪われ、菊地は持て余していたリンゴを頬張りもぐもぐ咀嚼している。不安な面持ちと罪悪感を持て余しながら食べるリンゴは、まるで禁断の実のように感じられた。正面から歩いくる2人連れに、菊地は硬直した。リンゴが喉に詰まり「ヒぃぐ」と変な声を上げ、拳で胸を叩く。上昇する心拍数に、じっとりと不快な汗が滲み、額からYシャツの襟へと流れ背中を濡らした。

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 「ココは穴場ですね?」2人の雑談が聞こえる。「送ろうか?」「いいえ、僕のに乗り換えるのも面倒ですから、‥車はお借りします」巽に愛車の鍵を渡すと、豪門寺は運転席のドアを開けた。「じゃ、気をつけて!」豪門寺は目配せし、優雅な動作で運転席に滑り込んだ。「お待たせ、菊地くん」凍り付いたかのように、菊地は身を固くし、肩を、膝を、毛布を握りしめる手を震わせた。

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週明け騒動 ~中編

 何時間も要するオペではなく、カルテには包茎と陰茎癌環状切除を意味ドイツ語が綴られてある。一仕事終えた後の充足感に、豪門寺は大きく伸びをした。『あ、そうだ』白衣のポケットに携帯電話を入れてた事を思い出し、重い足取りで巽教授室と記された部屋へ向かった。

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「背古先生、廊下に菊地先生のコレが落ちていたそうです」2人の会話が耳に入り、豪門寺は不意に歩みを緩め耳を欹てた。「で、その後 菊地先生から連絡は?」腕時計を見ながら背古がため息を吐いている。「いいえ、ありません。菊地先生は几帳面な方なので、事前連絡ないなんてコトは‥」豪門寺は気だるげに身を翻した。

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  「背古君、何かあったの?」 豪門寺は歩み寄り、ナースの手の菊地のネームプレートから背古に目を向けた。 「‥珍しいことに、菊地先生が朝から無断欠勤されてて、」歯切れ悪く言葉を切り、背古はナースにロッカーの鍵を持って来るように指示を出した。

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 「仮に体調崩したとしても、医局か俺のトコに連絡来るはずなんですけど」「ん~誰も連絡受けてないのは、妙だね?」パタパタと戻って来たナースからスペアーキーを受け取ると、2人は菊地のロッカーへ急いだ。

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週明け騒動 ~前編

 週明けの月曜の早朝。不眠に因る極度の寝不足で、豪門寺至は気力だけで平静を保っていた。入院患者のオペを前に、専用の個室でくつろいでる巽恭一郎のドアをノックする。「豪門寺です」

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「‥おはよう」豪門寺は新聞を閉じる巽の前に歩み寄った。『やっと来たか!』込み上げる笑いを隠しきれず、「ん?どうした?そんな切羽詰まった顔して」と、巽は腕組みした。「感染源は貴男しか思いつかない!」巽は殺気立った豪門寺から目を逸らし、「感染源とは、穏やかじゃないな?」足を組み替え、一連の動作で眼鏡を押し上げた。豪門寺の憔悴しきった様子に狂喜が隠せず、巽の不敵な笑みは口元を緩々と歪ませていく。「何か、可笑しいですか?」豪門寺は気を落ち着ける為、深く呼吸してみたが逆効果であった。

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豪門寺は震える声で「CD4陽性リンパ球減少て言えば、何のことか分かりますよね?」耐えきれずに巽はクク‥と笑い出した。「そんな事でもなけりゃ、キミは此処に来ないだろう?」豪門寺の顔が強張った。「ど、どういう意味ですか?」巽は緩みきった唇を撫でながら、いつまでもニヤニヤしている。「あの臨床結果は、少し手を加えた」聞き捨てならない暴露に、豪門寺は絶句し拳を握りしめた。「改竄、てことですか?」体中の血液が沸騰し、脳天へと上昇している。「やっていい事と、そうじゃない事の区別もつかないんですか?冗談にもほどがある!」

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軽い立ちくらみに、豪門寺は眉間をきつく寄せた。そして、身を翻す。「待ちなさい!」巽は立ち上がり、立ち去る豪門寺の腕を掴んだ。「怒ってるのか?エイプリルフールには、少しばかり早いけど。まぁ~、良く出来たドッキリだったろう?」豪門寺は背後から抱きつく巽に抵抗し、「触らないで下さい」と、息を巻き身もがいた。そして、揉み合いのすえ白衣を脱ぎ残し、豪門寺は巽から逃れた。「謝罪もナシですか?」巽は、ニヤニヤしながら足早に立ち去る豪門寺の背中を目で追った。

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複雑な各々の夜

 土曜の夜半から未明にかけて、豪門寺と高杉亮は感情を露わに口論していた。「ああ、分かったよ!豪門寺がそこまで言うなら、エイズでも何でも、まとめて検査してくるから、それでいいだろう?」豪門寺は口をへの字に結んだ。【豪門寺至】記名の臨床検査結果の通知に、HIV陽性の判定が付いている。その用紙を怒りに任せて握りしめた。何度も荒っぽく見返したり、高杉と取り合ったり、手汗で検査結果用紙はヨレヨレであった。険悪な態で豪門寺は舌打ちした。そして、ベットにドサッと腰を下ろした。

 

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 「まったく 妙だ‥! こんなコト有り得ない」豪門寺は腑に落ちない顔で首を振り、重い溜息を吐いた。そして、口論の元凶となった用紙を怒りに任せてグシャグシャに丸めると、高杉のガウンの背に投げつけた。医師の存続、諸々‥。絶望感に冷静さを欠き、豪門寺は頭を抱えた。

 

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「‥なぁ、もっと前向きに考えよう。今の医学なら、金次第で完治も可能だと思う」落ち込む豪門寺の前に、高杉は跪いた。「資金繰りは何とかする」作り笑顔を見せ、高杉はなだめる様な声音で、「疵の舐め合いも、そう悪くない筈だ、違うか?」豪門寺の手に触れた。「これ以上、話しても意味がないし」高杉は躰を摺り寄せた。「なぁ、今日はデートの日だったろ? やろうよ」豪門寺は高杉を睨めつけた。

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 その頃、菊地要は遠三根本社ビル最上階にある私室に通されていた。

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極秘契約

 豪門寺至と高杉亮の2人は、親友同士とは言えない妖しく濃厚な関係である。愛し愛され、愛余る豪門寺の優しげな笑顔、それは、菊地にとって嬉しいコトであったが、同時に絶望的な喪失感をもたらした。連休明けの土曜日。外来患者の引けた診察室を出ると、菊地要は、トイレ~自販機を経て、てとてと歩いていた。

 

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 靴音がしている。昼食も取らず、私服に着替えた豪門寺である。わき目も振らず、向かう先は職員関係者の通用口へと急いでいる。カツカツ‥と、乾いた靴音が響いている。「ぁ、豪‥ぉ」カツカツ‥、何も視界入らず、珍しく険しい表情の豪門寺の横顔。浮かれた様子は一切なく、菊地はその侵しがたい威圧に言葉を飲んだ。『‥今日もデートのはずなのになぁ、どうしたんだろう』小首を傾げ、菊地は豪門寺の姿を目で追った。

 

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 『もしや、キャンセルにでもなったかな~?』菊地は独り合点し、その考えが女々しいと思いつつも浮かれた。

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節度なき行為 /後編

 売り言葉に買い言葉、自己正当化、理由はどうとでも取れた。夜半に議員独身寮へ女性を招待するのは、十分マスコミのやり玉に挙げられるが‥高校時代の親友ならば、夜半に連れ込もうが何の不審もナイのであろう。翌日は日曜である。豪門寺は高杉と肩を並べ、防犯カメラの作動するセキュリティーの効いた宿舎へ足を踏み入れた。

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 エレベーターで3階、高杉は玄関ドアを引き、自動照明の中へ豪門寺を招き入れた。「ほら、如何にも寝ぐら、て感じだろう?」靴を脱ぎ「お邪魔します」と、豪門寺は神妙な顔で閑散とした部屋全体を見渡した。「何飲む?」空返事を返しながら、豪門寺は上着を脱ぎダイニング兼リビングの椅子に無造作に置いた。そして、目で高杉の背中を追う。「呆れるほど、生活感がないんだなぁ~」聞こえよがしに声を張る。スリッパの音をさせ、自炊の形跡のないキッチンで、冷蔵庫を開ける高杉の背後に立った。

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